更新日:2015年1月30日

紙本著色 三十六歌仙絵

(写真)三十六歌仙絵

紙本著色 三十六歌仙絵 36幅(しほんちゃくしょく さんじゅうろくかせんえ)
指定番号 絵画第27号
指定年月日 昭和35年12月21日
所在地 大生郷町1234番地

 三十六歌仙は、藤原公任(960〜1041)によって、万葉・古今・後撰和歌集に収められる奈良朝から平安朝の名歌人の中から、特に優れた36人が撰されたことに始まる。鎌倉時代には歌仙絵として定着し、和歌の流行と似絵(にせえ)(肖像画)の隆盛ともに画帖・絵巻物などに多く仕立てられるが、室町時代に入ると扁額(へんがく)として描くという全く異なった様式を創り出すこととなる。この背景には、当時の和歌と神仏とを結び付けるという信仰が神社に扁額を奉納するという流行現象を生んだことも関連しよう。
 大生郷天満宮に蔵された三十六歌仙絵も、もとは下妻城主多賀谷政経の愛蔵品と伝えられる。天正4(1576)年10月、大生郷に立て篭もる北条氏堯を討った戦いにおいて天満宮を焼失させてしまったため、その罪滅ぼしに鎧太刀とともにこれを奉納したという。歌を上段に書き表し、その下段に人物を彩色をもって描いてあり、その筆・画とも極めて優れている。画中の書体、人物の描写からみて、室町時代末期の土佐流の筆によるものと思われるが、近年、研究者による調査研究がすすみ、額面に捺されている「朱文鼎印」(壷印)が狩野松栄(1519〜1592)の作品のものと同一であることから、松栄筆の「狩野派最古の三十六歌仙絵額」であることが示されるとともに、三条西実枝(1511〜1579)の撰歌であると考えられており、北野天満宮画帖,太宰府天満宮巻子,高野山御社額と撰歌が一致していることは、極めて珍しい例であることが報告されている。縦56.4センチメートル、横34.2センチメートル。
上図(小野小町)

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