農民文学不朽の名作となった「土」国生に残る長塚節の生家 〜文学の里、常総。短歌、俳句と節の精神は今も受け継がれる〜 明治43年(1910)に朝日新聞に連載され、夏目漱石が絶賛した小説「土」は、その後農民文学の不朽の名作となりました。作者、長塚節は、明治12年(1879)、石下町国生(現常総市国生)の豪農の長男として、生まれています。
節は、3歳のころに小倉百人一首をそらんじ、神童といわれ、早くからその才能を発揮していました。また父は、県会議員を務めたほどの名士で恵まれた家庭環境でしたが、病弱な体で、水戸中学を中退。病を癒すかたわら、すぐれた感受性から、短歌に目覚め、正岡子規の門をたたきました。
子規のところでは、「馬酔木(あしび)」の編集同人として活躍する一方、伊藤左千夫とともに、「アララギ」を創刊し、頭角をあらわしてきました。一方で、病気療養を兼ね、菅笠、草鞋という軽装で諸国を旅し、旧所、名跡を訪ねて歌を詠みました。万葉集の歌風を取り入れた節の歌は、自然を限りなく深い眼差しでとらえています。
歌人として名を成した節は、夏目漱石の推挙で小説「土」を発表し、作家としての名声も手に入れますが、歌同様そこにはやはり厳しい自然への洞察力とともに人間への深い愛情がいかんなく発揮されています。それは節を育んだ石下の風土と深く結びついているように思われます。
病魔に冒され、婚約を破棄した節は、諸国を歩き、遠く九州の地で、36歳という短い生涯を閉じました。節の精神は節の小説や歌とともに受け継がれ、現在旧石下地区では、生家近くの県道沿いなどに歌碑が残り、その生家は、県の指定文化財となり、現在も多くの人が節をしのんで訪れています。
 豪農ぶりをうかがわせる生家の庭 |  節の著書 |  豊田城にある節のコーナー |  旅姿の節の像は町内に3か所建っている |
長塚節の生家案内所 常総市国生1303 月〜木(午前10時〜午後4時)年末・年始を除く TEL:0297(42)5797 ※金曜日から日曜日は案内業務は休みとなりますが、下記時間帯で見学は可能です。 金、土(午前10時〜午後4時) 日(午前10時〜午後2時)
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